CHAPTER 06
植物学・科学
花嚢果の神秘、イチジクコバチとの共生、ラテックスの化学成分。植物学者も驚くいちじくの科学。
TAXONOMY
分類学的位置
いちじくはクワ科イチジク属に属する落葉樹。イチジク属(Ficus)は世界に約800種が存在し、熱帯・亜熱帯を中心に分布する大きな属だ。食用いちじく(Ficus carica)はその中の1種で、地中海沿岸・中東が原産地。
| 界 | 植物界(Plantae) |
| 門 | 被子植物門(Angiospermae) |
| 綱 | 双子葉植物綱(Dicotyledoneae) |
| 目 | バラ目(Rosales) |
| 科 | クワ科(Moraceae) |
| 属 | イチジク属(Ficus) |
| 種 | イチジク(Ficus carica L.) |
SYCONIUM
「実」の正体 — 花嚢果(かのうか)
いちじくの「実」は植物学的には「果実」ではなく、「花嚢果(syconium)」と呼ばれる特殊な構造体だ。肉厚な花托(かたく)が内側に向かって袋状に発達したもので、その内壁に無数の小さな花(雄花・雌花)が密集して咲いている。
つまり、私たちが「いちじくの実」と呼んでいるものは、実際には「花の集合体を包む器官」であり、中の粒々ひとつひとつが小さな果実(痩果)なのだ。「無花果」という漢字は「花が見えない果物」という意味だが、実際には花が見えないのではなく、花が内側に隠れているだけだ。
いちじくの4つのタイプ
カプリフィグ(雄株)
雄花と虫えい花(ゴール花)を持つ。果実は食用にならないが、イチジクコバチの繁殖場所として機能する。受粉のための「花粉供給者」。
スミルナ型(雌株・要受粉)
雌花のみを持ち、イチジクコバチによる受粉が必要。受粉なしでは果実が落下する。トルコの高品質ドライいちじく品種がこのタイプ。
コモン型(雌株・単為結果)
受粉なしで果実をつける単為結果性品種。日本で栽培される品種のほとんどがこのタイプ。イチジクコバチが不要なため栽培が容易。
サンペドロ型(中間型)
夏果は単為結果、秋果は受粉が必要という中間的な品種。カドタなどがこのタイプに属する。
SYMBIOSIS
イチジクコバチとの共生関係
イチジクコバチ(Blastophaga psenes)
体長約2mmの小さなハチ。いちじくと完全な共生関係を持つ。雌のコバチはカプリフィグの花嚢果に入り込んで産卵し、その際に花粉を運ぶ。孵化した雄のコバチは翅がなく、花嚢果の中で雌と交尾して死ぬ。翅のある雌のコバチは花粉を体につけて外に出て、次の花嚢果へと移動する。この共生関係は約8000万年前から続いているとされる。
- ◆いちじくとイチジクコバチは「義務的相互依存関係」にある
- ◆コバチはいちじく以外では繁殖できない
- ◆いちじくはコバチなしでは(スミルナ型品種の場合)種子を作れない
- ◆コバチが花嚢果に入る際に使う「目(オスティオール)」は、コバチの体幅にぴったりのサイズ
- ◆コバチが花嚢果に入ると翅がもぎ取られることが多い
LATEX
ラテックス(白い樹液)の秘密
いちじくの枝・葉・未熟果を切ると白い樹液(ラテックス)が出る。この樹液には以下の成分が含まれる。
フィシン(Ficin)
タンパク質分解酵素。肉の軟化・消化促進に利用。工業的にも利用される。
フラノクマリン類
光感作性物質。皮膚に付着して日光に当たると炎症を起こす(フォトコンタクト皮膚炎)。
ルペオール
抗炎症・抗腫瘍作用が研究されているトリテルペン化合物。
ベルガプテン
光毒性を持つフロクマリン。ラテックスアレルギーの原因物質のひとつ。
GROWTH CYCLE
いちじくの年間生育サイクル
冬の休眠から目覚め、新芽が展開する。
前年枝の先端に夏果(第1果)が形成される。
夏果専用種・夏秋兼用種の夏果が収穫期を迎える。
当年枝の葉腋に秋果(第2果)が形成される。
秋果専用種・夏秋兼用種の秋果が収穫期を迎える。最盛期は9月。
葉が落ちて休眠期に入る。耐寒性は品種により異なる(-5〜-15℃)。
AROMA CHEMISTRY
いちじくの香気成分
いちじくの香りは100種以上の挨発性成分から構成される。主要な香気成分は以下の通り。フレッシュとドライでは香りのプロファイルが大きく異なる。
ベンズアルデヒド
甲香族香気成分。いちじくの特徴的な甜い香りの主成分。
リナロール
芳香族アルコール。花のような清々しい香り。
ヘキサノール
青草や葉を連想させる香り。成熟とともに減少する。
エステル類(エチルエステル・ブチルエステル)
果実らしい甜い香り。熟成とともに増加する。
フルフラール
ドライいちじくの香りの主成分。カラメル・ナッツを連想させる香り。
フェニルエタノール類
ドライフルーツ特有の香り成分。乾燥プロセスで生成される。
PHARMACOLOGICAL RESEARCH
薬理研究の最前線
いちじくの健康效果に関する科学的研究は世界中で進められている。以下は主要な研究分野。
血糖値改善・担砂作用
いちじくに含まれる食物繊維(ペクチン・セルロース)は、血糖値の急激な上昇を抑制する。イタリアの研究グループ(Nutrition Journal, 2016)は、いちじく抄取物が2型糖尿病患者のインスリン感受性を改善する可能性を示唐した。
抗酸化・ポリフェノール研究
いちじくのポリフェノール(アントシアニン・クロロゲン酸・ルチン)は強力な抗酸化作用を持つ。特にドライいちじくはフレッシュよりもポリフェノール濃度が高い。Journal of Agricultural and Food Chemistryに掲載された研究では、いちじくの抗酸化能がブルーベリーに匹敵すると報告されている。
抗菌・抗真菌作用
いちじくの葉・果実・樹皮の抄出物に、グラム陽性菌・陰性菌、およびカンジダ・アルビカンスに対する抗菌・抗真菌活性が報告されている。民間療法での利用を裏付ける科学的研究が進む。
骨粗鬼予防・骨密度改善
いちじくに含まれるカルシウム・マグネシウム・ビタミンKの組合せは骨密度維持に効果的とされる。カリフォルニア大学の研究(2003)では、いちじくとカルシウムサプリメントの組合せが骨密度低下を抑制したと報告されている。
🌳 Ficus属の多様な仲間たち
點用いちじく(Ficus carica)の仲間には、世界中に約800種のFicus属植物が存在する。 仏陀が悟りを開いた菩提樹(Ficus religiosa)、観葉植物として人気のゴムの木(Ficus elastica)、 バニヤンツリー(Ficus benghalensis)、ガジュマル(Ficus microcarpa)なども同じ仲間だ。 熱帯雨林ではFicus属の果実が多くの動物の主要な食料となっており、 生態系の「キーストーン種」として重要な役割を果たしている。